これであなたもデザイナー?
#01|ファッションデザイナー編

「絵、上手くないと
無理」って、
誰が決めた?

ファッションデザイナー編。9割が未経験から始まる世界の、ホントの話をします。

服飾専門学校に入学した人のうち
約9
が、服作り未経験でした

※服飾専門学校の入学者から集めたデータより。
みんな、ミシンの糸のかけ方から始めています。

まず、これ。ひとつでも当てはまる?

実はこれ、ぜんぶ現役の先輩たちが入学前に思っていたことです。ここから、ひとつずつほどいていきます。

高校生の「思い込み」、3連発。

思い込み 1 絵が上手くないと、デザイナーにはなれない タップ
ホントは

パリの有名ブランドで20年活躍したデザイナーは、こう言っています。「デザイナーになりたいのなら、自分のデザインについて語れる、プレゼン能力を上げていく必要があります」。つまり現場で問われるのは、絵のうまさより「自分の考えを伝える力」。

それに、絵は入学してから育ちます。ある先輩は「100体くらい描くと好きな方向性が見えてきて、自分を知り、表現できるようになった」と話しています。プロでも絵が得意じゃない人、いるんです。

思い込み 2 周りは経験者ばかりで、ついていけない タップ
ホントは

冒頭の数字のとおり、入学者の約9割が未経験。ある先輩は「洋裁の経験がほとんど無いまま入学。同級生は最初から縫える人も多く、この中でやっていけるだろうかと不安だった」と振り返っています。——その先輩は今、卒業制作までたどり着きました。

ミシンの糸のかけ方から始まり、本当にゼロから始めた先輩もいます。授業は「ゼロの人」を前提に組まれています。

思い込み 3 才能とか、特別な資格がないと無理 タップ
ホントは

ファッションデザイナーになるのに、必須の資格はありません

経済学部を出て、服飾の勉強をせずに憧れのブランドへ営業として入社し、そこからデザイン室に移って31年間デザイナーを続けた人もいます。その人の言葉が「思うだけでなく動く」。才能の証明書より、動いた人が残る世界です。

知っておいてほしい3つのこと

  • 卒業してすぐ「デザイナー」の名刺は持てません。まずはアシスタントやサンプル製作から始めて、実力で上がっていく世界です。
  • お給料は、最初は月17〜20万円くらいから。デザイナー全体の平均年収は400〜480万円前後(統計によって幅があります)。納期前は忙しい仕事です。
  • 「向いていないかも」と悩む時期は、先輩たちにもありました。2年の前半までずっと悩んで、その後ミラノのファッションウィークで火がついた先輩もいます。

なぜ正直に書くかというと——夢だけ見せて入学してもらう記事を、作りたくないからです。不安も現実も知ったうえで「それでもやりたい」が、いちばん強いスタートだと思っています。

そもそもデザイナーって、絵を描く人じゃない。

デザイナーの仕事は「服の司令塔」。トレンドを調べて、企画を立てて、デザイン画を描いて、型紙・仕様書を作って、工場から届いたサンプルをチェックして、お店に並ぶまで見届ける——1着の服のぜんぶに関わる仕事です。

ブランドの世界観で服を生む「ブランドデザイナー」と、いろんな会社の服づくりをプロとして形にする「OEMデザイナー」、活躍の場も一つじゃありません。

先輩たちの言葉。

100体くらい描くと好きな方向性が見えてきて、自分を知り、表現できるようになった。

服飾専門学校の先輩

2年の前半まで、向いていないかもと思ったりもした。

服飾専門学校の先輩——その後ミラノ・ファッションウィークを経験して変わった

思うだけでなく、動く。

経済学部からデザイナーになって31年めの先輩

デザイナーになるまでの道のり——ドレメの場合。

  1. 高校生いまここ 服が好き。それだけで入口には立てます。
  2. ドレメ 1年目ファッション総合学科 ファッションを総合的に学んで、基礎を身につける。全てゼロからのスタート。デザイン画・縫製・パターンメーキング・スタイリング・色彩・CG
    まずファッションの「全部」に触れる1年です。全部に触れてから自分の道を決められるから、「まだ何がやりたいか分からない」まま入学して大丈夫。むしろここで見つかります。
  3. ドレメ 2年目コース選択 3つの中から自分の希望するコースを選びます——デザインクリエイト(服を生み出す側)/パターンテクニーク(服を形にする技術の側)/ビジネスディレクション(服を伝えて売る側)
    デザイナーを目指すならデザインクリエイトコースへ。そして、ドレメ独自の一大イベント「:Dcreation(ディークリエーション)」で仲間とブランドを設立し、コンセプトからコレクションまで作り上げて発表します。学生のうちに「自分のブランドをやる」を経験できる、ドレメの心臓部です。
  4. 就職(まずはアシスタントから) サンプル製作やサポートで現場の経験を積む。
  5. デザイナーへ 実力が認められたら。ブランド、OEM、独立——道は一本じゃない。

ドレメから、デザイナーになった先輩たち。

デザイナー 伊藤羽仁衣さん
ウェディングドレスデザイナー
伊藤 羽仁衣いとう はにい

北海道千歳市出身・2000年度卒業生。2003年、札幌でウェディングドレスブランド「HANY WEDDING」を立ち上げ、2010年には東京・青山に「THE HANY」をオープン。いまや多くの著名人のウェディングドレスを手がける。

実は、学生時代は縫うのが得意じゃなかったそうです。「先生ー、わかんない!もうやだー」と言いながら、卒業制作は「縫うところが少ないから」アロハシャツ(笑)。でもデザイン画だけは毎日描いて、皆勤賞。

卒業後、ウェディングドレスに出会った瞬間「うわー、めっちゃテンションあがって。私これやりたい!って、初めて自分のやりたいことが見つかった」。そこから札幌で1軒のお店を開き、いまの場所まで来ました。

「やらないで後悔するのは嫌なんです。やった努力は自分の糧として残るから、悩んでるくらいなら動いた方がいい」
オープン当初のHANY WEDDING(札幌)の店頭

オープン当初の「HANY WEDDING」(札幌)。全てはここから始まった。

デザイナー 田中縷々さん
「THETHE」デザイナー
田中 縷々たなか るる

高校中退から高卒認定試験を経てドレメへ。2023年度専攻科卒業生。在学中、卒業審査会「:Dcreation」で2年生として初のグランプリを受賞。卒業後は就職せず東京へ渡り、1年間で5つのファッションショーに参画。パリ・ファッションウィークSS25関連のショーでも発表した。

ドレメを選んだ決め手は、オープンキャンパスで会った「先生たちの人柄」。1年生のとき放課後に先生と話した他愛もない話が「今の自分の礎になっている」と言います。

転機は、学校で紹介されたアーティストとの出会い。作った服を評価され、海外のファッションウィークへ。初めての海外、初めてのプロの現場で——「悩み止まっていた手が、自然と動き始めました」。そこから自分のブランド《THETHE》のコンセプトが見えてきたそうです。

札幌から東京、そして海外へ。高校中退からパリのランウェイまで——道は、一本じゃない。
パリのショーの様子

パリのショーの様子。《THETHE》のルックがランウェイを歩く。

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