ファッションデザイナー編。9割が未経験から始まる世界の、ホントの話をします。
※服飾専門学校の入学者から集めたデータより。
みんな、ミシンの糸のかけ方から始めています。
実はこれ、ぜんぶ現役の先輩たちが入学前に思っていたことです。ここから、ひとつずつほどいていきます。
パリの有名ブランドで20年活躍したデザイナーは、こう言っています。「デザイナーになりたいのなら、自分のデザインについて語れる、プレゼン能力を上げていく必要があります」。つまり現場で問われるのは、絵のうまさより「自分の考えを伝える力」。
それに、絵は入学してから育ちます。ある先輩は「100体くらい描くと好きな方向性が見えてきて、自分を知り、表現できるようになった」と話しています。プロでも絵が得意じゃない人、いるんです。
冒頭の数字のとおり、入学者の約9割が未経験。ある先輩は「洋裁の経験がほとんど無いまま入学。同級生は最初から縫える人も多く、この中でやっていけるだろうかと不安だった」と振り返っています。——その先輩は今、卒業制作までたどり着きました。
ミシンの糸のかけ方から始まり、本当にゼロから始めた先輩もいます。授業は「ゼロの人」を前提に組まれています。
ファッションデザイナーになるのに、必須の資格はありません。
経済学部を出て、服飾の勉強をせずに憧れのブランドへ営業として入社し、そこからデザイン室に移って31年間デザイナーを続けた人もいます。その人の言葉が「思うだけでなく動く」。才能の証明書より、動いた人が残る世界です。
なぜ正直に書くかというと——夢だけ見せて入学してもらう記事を、作りたくないからです。不安も現実も知ったうえで「それでもやりたい」が、いちばん強いスタートだと思っています。
デザイナーの仕事は「服の司令塔」。トレンドを調べて、企画を立てて、デザイン画を描いて、型紙・仕様書を作って、工場から届いたサンプルをチェックして、お店に並ぶまで見届ける——1着の服のぜんぶに関わる仕事です。
ブランドの世界観で服を生む「ブランドデザイナー」と、いろんな会社の服づくりをプロとして形にする「OEMデザイナー」、活躍の場も一つじゃありません。
100体くらい描くと好きな方向性が見えてきて、自分を知り、表現できるようになった。
2年の前半まで、向いていないかもと思ったりもした。
思うだけでなく、動く。
北海道千歳市出身・2000年度卒業生。2003年、札幌でウェディングドレスブランド「HANY WEDDING」を立ち上げ、2010年には東京・青山に「THE HANY」をオープン。いまや多くの著名人のウェディングドレスを手がける。
実は、学生時代は縫うのが得意じゃなかったそうです。「先生ー、わかんない!もうやだー」と言いながら、卒業制作は「縫うところが少ないから」アロハシャツ(笑)。でもデザイン画だけは毎日描いて、皆勤賞。
卒業後、ウェディングドレスに出会った瞬間「うわー、めっちゃテンションあがって。私これやりたい!って、初めて自分のやりたいことが見つかった」。そこから札幌で1軒のお店を開き、いまの場所まで来ました。
オープン当初の「HANY WEDDING」(札幌)。全てはここから始まった。
高校中退から高卒認定試験を経てドレメへ。2023年度専攻科卒業生。在学中、卒業審査会「:Dcreation」で2年生として初のグランプリを受賞。卒業後は就職せず東京へ渡り、1年間で5つのファッションショーに参画。パリ・ファッションウィークSS25関連のショーでも発表した。
ドレメを選んだ決め手は、オープンキャンパスで会った「先生たちの人柄」。1年生のとき放課後に先生と話した他愛もない話が「今の自分の礎になっている」と言います。
転機は、学校で紹介されたアーティストとの出会い。作った服を評価され、海外のファッションウィークへ。初めての海外、初めてのプロの現場で——「悩み止まっていた手が、自然と動き始めました」。そこから自分のブランド《THETHE》のコンセプトが見えてきたそうです。
パリのショーの様子。《THETHE》のルックがランウェイを歩く。